彼こそが伝説の男、レオ・獅子神。
喧嘩も銃も、そして軽口も、彼の右に出る者はいなかったわ。
あと、女ったらしでも有名だったわね。女と見れば、誰彼構わず口説く男だった。
私も口説かれた覚えがあるし。……くすくす。危険な臭いのする、魅力的な男だったわ。戦争は４４年に終わったのにね。
引き上げ船が機雷で沈没して、漂着先で誤解を受けて収容所に放り込まれたそうで、日本に帰ってきたのは３年後の４７年だったの。
変わり果てた故国にさぞや面食らったことでしょうね。復員局を出た彼に行く宛などなかった。
そして、ローズと出会うの。それがきっと、全ての始まり。

彼女こそがプリマヴェーラの本当の初代マダム、ローズ・灰原。
しかし、４７年の時点では、曲者揃いの夜の女たちのまとめ役を押し付けられているだけだった。
誰にでも公平でやさしくて。生真面目で疑うことを知らない、お人好し。
まだまだマダムとしての貫禄はないけれど、そんな彼女だからこそ、みんなに愛されたんだわ。
女としては可憐で美しかったけれど、夜の女としては失格だったかもしれないわね。
彼女にはまるで新雪のような美しさと儚さがあって、男たちは誰も触れようとしなかったから。

プリマヴェーラの参謀にして金庫番、さらに言えば実質的リーダーかしら。
マダムローズが精神的なリーダーだったとすると、彼は実務面でのリーダーだったわ。
彼の存在がなかったら、プリマヴェーラはあそこまで狡猾に立ち回ることは出来なかったでしょうね。
彼は冷酷な金貸しとして知られていたけれど、実際はそうじゃなかったわ。
仲間たちを守るために、その温かな心に冷たさを装う仮面を被っていただけ。
もちろん、彼に借りた金を期日までに返していればの話だけれどね。

あの武勇伝の多い伝説の相談役も、当時はまだまだ若造だったのよ。
彼は元々はマダムローズの用心棒だった。いえ、むしろナイトと言った方が良かったかしら。
身寄りのない不良少年の彼をローズが拾ったの。それに義理を覚えて、生涯を彼女に捧げたというわけ。
今でこそ、貫禄ある男というイメージだけれど、当時は全然逆。
目に付くもの全てに噛み付いて回る、痩せ細った野良犬って感じの男だったわ。
レオとは喧嘩が絶えなかったみたい。でも、一番心酔していたのも彼だったかもしれないわね。

彼は元々、リチャードの旧友で彼の用心棒だったのよ。
でも、リチャードがプリマヴェーラの幹部となってからは、彼も組織の為に尽くしてくれたわ。
彼は戦地帰りの豪傑で、腕っ節も銃の腕前も抜群だった。レオの伝説に埋もれてしまったけれど、彼の活躍がなければ、初期の抗争には勝てなかったでしょうね。
一見、怖そうだけれど、案外シャイで面白い男だったの。
リチャードは冷たく思われていて意見できる人はなかなかいなかったから、その彼に気さくに話しかけられるサイラスの存在はとても貴重だったわ。

リチャードの妹にして、クラブ・プリマヴェーラの一番の売れっ子。
カネさえ払えば、ベッドの上で誰にでも天国を見せられると豪語していたっけ。
妖艶で抗い難いほどのフェロモン。狡猾でしたたかで、だけれどもタフな夜の女たちの代表格ってところね。
彼女の最大の功績は、駐留軍の幹部を骨抜きにしたことね。チャイナタウンにも顔が利いたようだし、彼女のベッドの上の外交術はプリマヴェーラの立派な武器だったわ。
羽振りが良かったから取り巻きも多かったけれど、敵も多かったわね。

ステラと並ぶクラブ・プリマヴェーラの看板娘だったわ。
妖艶というよりは豪快な酒豪。酒飲みの男たちに絶大な人気があったっけ。
幼そうな容姿とは裏腹に姉御気質でね。面倒見が良くて、後輩のために喧嘩を買うのが大好きだった。
笑って喧嘩して、浴びるように酒を飲む。煌びやかな夜の花。
でも、酒を飲まなきゃやってられなかったのかもね。彼女はシラフの時、とても寂しそうな顔をしているとローズに聞いたことがあるもの。

このスケベでおっぱいソムリエな駐留米軍の大尉殿のお陰で、どれだけプリマヴェーラが救われたことか。
母が日本人である彼は流暢な日本語を話し、私たち日本人に敬意を持って接してくれたわ。
２３番市で起こる厄介なトラブルは、彼に頼むことで多くを解決することが出来た。
もちろん、たっぷりの鼻薬と、人気嬢たちとの素敵な夜を過ごさせての上でだけれどね。
まぁ、同情もするわ。彼とて中間管理職。飲まなきゃやってられない世界だったし。

彼は当時、２３番市と北端を接する２２番市を仕切るチャイナマフィア、金龍会（ゴールデンドラゴン）の若き幹部だったわ。
２３番市の北部には大きなチャイナタウンがあり、彼らの影響力はそこにも及んでいたの。２３番市の暗黒街を語る上で、彼らを無視することは難しいでしょうね。
２２番市は内地。だから彼らは港を持つ２３番市を常に狙っていた。彼はその尖兵だったわけ。
身寄りのない彼は、腕利きの殺し屋として名を挙げ、瞬く間に幹部に出世したそうよ。

ステラが看板娘になるまでは、彼女がクラブ・プリマヴェーラのナンバーワンだった。
本来なら彼女こそがマダムになるべきだったのよ。でも、夜の女たちは曲者揃い。
いくつかの派閥が揉めた結果、最大公約数であるローズがマダムに選ばれ、アマンダは裏方に回るようになったわけ。
ローズにマダムとして自覚が芽生えるまで、彼女が大きな支えになったことは想像に難くないでしょう。
夜の女たちが、どうすれば生きていくことが出来るか。常に真剣に考えている女性だった。

復員軍人たちが大勢たむろする居酒屋「バー・野武士」の常連客の顔役、と紹介しておこうかしら。
彼は大勢の部下を率いて南方のジャングルで戦った将校だったそうよ。
最前線で荒くれ者たちを率いた貫禄は健在で、大勢の復員軍人たちの尊敬を集めていたみたい。
敗戦国の兵隊なんて、帰って来ても誰も歓迎なんかしてくれない。そして仕事もない。
そんな彼らを自分が受け入れて世話をしてやりたいんだと言った彼は、間違いなく尊敬に値する男だったと思うわ。

とにかくイカれた男だったわね。時に復員軍人たちは、戦場での過酷な体験から性格が破綻することがある。彼はそんな連中の代表格だったかしら。
無邪気さと冷酷さを持った危険な男。女が相手でも一切の容赦がなかったそうよ。
彼がいなければ、アルフレッドは早々に２３番市を支配していたに違いないわ。
当時の２３番市暗黒街で、アルフレッドの次に危険な男を挙げろと言われたら彼しか思いつかないでしょうね。

夜の女の一人で、ローズの友人のひとり。みんなが洋風のドレスを着ている中で、ひとりだけ和服だったことをよく覚えているわ。
夜の女には似つかわしくない控えめで努力家な女性だったっけ。まともな時代だったなら、夜の世界などと生涯、関わりなんかなかったでしょうに。
自堕落に生きる女が多い中で、彼女は堅実に貯金して、自分の店を持つことを夢に描いていたみたい。
そんな真面目な女たちも、当時のプリマヴェーラには大勢いたのよ。

２３番市にもかつてはアメリカマフィアが進出していたわ。彼はそこの冷酷な殺し屋だった。
でも米国人のボスたちを殺して組織を乗っ取り、２３番市の支配を目論んだの。
その時の内紛で組織は多少、弱体化したけれど、当時の２３番市でもっとも危険な男だったことは間違いないわね。
彼らは米本土の組織との和解のために多額の現金を必要としていて、かなり荒い方法でカネを集めていたそうよ。もちろん、クラブ・プリマヴェーラも目をつけられたってわけ。

大手新聞社、香港デイリー東京支社の新米記者で、あってるわよね？
清華大学卒。中国語、日本語、英語、フランス語に堪能なクワドリンガルの才女。
日本の古武術を習得し、中日文化スポーツ交流使節団の青年団員を務めたことも。
それより特筆すべきは、御社で唯一の純日本人記者であるってことかしらね。
２１世紀の東京で純日本人なんて、今やなかなか見つからないものねぇ。

そして、私よ。
日本人同胞会「春風」の名誉総裁。
他にも、日本伝統文化保存会の理事長やら、日本人育英会の会長やら、色々とやっているけれど。
まぁ、一般大衆が知るところの、日本人マフィアの大ボスという肩書きが、一番しっくり来るんでしょうねぇ。
怯えることはないわ。私は日本人には優しいつもりよ？

記憶のない少女はウェインのクルーに預けられることになったの。
せめて記憶が戻るまでの間、不自由なく生活できるようにと思って。
てっきり、戻らぬ記憶に日々を俯いて過ごしていると思っていたら……。
そんな彼女たちが”ワンダリングドッグ”を名乗って、色々と騒動を起こしてくれちゃうことになるの。

ウェインに憧れる路地裏育ちの少年は、びっくりするくらいにウェインにそっくり。
喧嘩っ早くて自信過剰、そして何事も加減を知らないあたりが特にね。
いくつかの重要な仕事を台無しにして、すっかりクルーの日陰者に。当時は仲間内でも爪弾きにされてて、すっかり不貞腐れていたわ。
少なくとも、ラプンツェルと出会うまでは。

彼もまた、ウェインに憧れる路地裏育ちの少年。
チビだけどすばしっこくてとても器用。かつては天才スリ師なんて呼ばれてたことも。でも今はその技も、ウェインによって使うことを禁じられている。
小柄で腕も細く、特技も失った少年は、暗黒街のカッコイイ男になる術が思いつかない。
すっかり気落ちしてしまった彼は、ぼんやりとした日々を過ごしていたそうよ。

客と喧嘩ばっかりして夜の女失格の烙印を押されてしまったけれど。
彼女の夢はウェインのような、カッコイイ暗黒街の幹部だった。
喧嘩も出来ないし、銃や車も扱えない。自慢できるのはスリングショットだけ。
ウェインのクルーのおちこぼれのオリバーとチャールズと一緒にいて、いわゆるおちこぼれ３人組状態だったわけ。
その３人組が、ラプンツェルを迎えて４人組になって、大変な活躍をするようになるなんて、想像も出来なかったでしょうね。

醤油戦争が始まるそのきっかけ。
王の存在がなければ、もしかして２３番市は平和でいられたのかしら？
時計をこよなく愛し、コレクションしていたそうよ。世界中の時間をまるで自分だけのものにするかのようにね。
彼の行動は、まさにマダム・ローズたちの時間を狂わせたわ。

彼女のことは、実は私も良くは知らないの。
梅九子飼いの密偵のような存在だったらしいわ。噂では、梅九は戦争孤児たちを自分の手足となるように暗殺や諜報技術等をこっそり仕込んでいたとか…。
出身や素性、すべて不明の少女。ただ、主へのその忠誠心は他の腹心なんて足元にも及ばなかったと聞いているわ。

あなたも良く知っている、狂犬ウェインの現在の姿ね。
私たち日本人同胞会の相談役として、本当に彼はよく働いてくれるわ。
今じゃ孫までできて、家庭菜園を趣味とするいいおじいちゃんね。
あなたも当時のことを知っているんだから、少しは喋ってくれればいいのに。

酔っ払いたちのひしめく大通りを、今夜も賑わせる喧嘩の華。
それを聞きつければ、どこからでもやってきて加わるのが彼、喧嘩屋アラン。
気持ちのいい喧嘩っぷりに、酔っ払いたちの間では人気者だったわ。裏の顔は、モーリス・物部率いる「バタリアン」に所属する腕利きの”始末屋”。
でも、彼の陽気な性分は、裏表関係なくどちらの仕事も楽しげにこなしていたっけ。
最近、ガールフレンドの雪との交際が順調みたいで、毎日がますます楽しい様子みたいね。

戦地ではアランと共に戦い、アランと共に捕まり、アランと共に収容所を過ごし帰還した、アランの無二の相棒。
子供っぽい容姿とは裏腹に、マタギの血を引く天才スナイパーでもあったの。
その腕前は、プリマヴェーラの汚れ仕事を片付ける上でこの上なく重宝されたわ。
アランとのコンビでもっと名を挙げ、ビッグになってやりたいという向上心があったみたい。
だから、そんな自分たちを重宝してくれる「バタリアン」は居心地が良かったみたいね。

ちょっとした縁でアランと知り合った、アランのガールフレンド。
資産家のご令嬢らしく、ずっと英国に留学していた為、日本にはちょっと疎かったみたい。
ちょっとキツめな性格だけれど、どうもアランにはそれがストライクゾーンど真ん中の様子。
会社の設立を準備しているとかで、多忙な毎日を送っていたとか。
マフィアと乱暴者が大嫌い。もちろん、アランは両方該当するのでバレるわけにはいかないわね。

金龍会の先代頭領、孫紫龍の息子。
子龍は、若輩を理由に長老会から頭領の座を認められずにいるの。
年季と経験を重んじる彼らの社会では、確かに彼は認められるのは若過ぎたかもしれないわね。
でもね、血は争えない。父紫龍の血を受け継ぎ、王者となることを運命づけられた彼の台頭は、誰にも拒むことなど出来ないの。
男とは思えない端麗な容姿に知性。でも心の中には龍を飼う、侮れない男だったわね。何しろ、あの李梅九が若君と呼んで慕った、唯一の男なのだから。

プリマヴェーラと金龍会の抗争は、少々、派手が過ぎてしまったからね。GHQに目を付けられてしまう結果となったの。
そこで送り込まれてきたのが彼。組織犯罪対策特命将校の少佐殿。
マフィアと癒着した悪徳将校の査察も兼ねてるとかで、バトラー大尉たちは真っ青になることに。 日系米国人だけれど、母方に資産家や議員を輩出する名家を持つ、高貴なる男。
天使の名を持ち、天使のような笑みを浮かべるこの男が、２３番市の運命を大きく変えることになったわ……。

ウェイン・上寺に育てられた、彼の孫よ。若い日の彼に本当にそっくりね。
ただ、中身は全然違う。派手好きで軽薄でお調子者で目立ちたがり屋。いかにも、今の若者って感じの子ね。
ウェインは落ち着きがなくて日本人的でないと否定的だけれど、私はいいんじゃないかと思ってるわ。
しっかり自己主張が出来て、何事にもポジティブで、その上、タフガイだなんて素敵じゃない？
マダム・ローズのタイプよね。でも、樹里のタイプではないみたい。

1949年の大正義作戦でその銃弾に倒れたマダムローズ。
奇跡的に一命を取り留め、容体は回復へと向かっていったわ。
護衛のウェインとともに、ゆっくりと療養し、やっと同胞の死や、プリマヴェーラや、たくさんの未来のことを考えられるまでになったの。
でも、彼女を待っていたのは、彼女の理想と真逆の世界だったわ。
レオがあと１年、早く帰ってきてくれていたなら…、いえ、歴史にifはないわね。
1950年の秋、それが全ての終わりで、はじまりなだけ。

あの襲撃事件以来、ウェインは専属護衛としてローズの側を片時も離れなかったわ。
マダムローズを狙う「謎の襲撃者」が、遠方までその魔手を伸ばすこともあるかもしれないと、常に狂犬の目を光らせていたことでしょうね。
でも彼が一番不幸だったのは、その嗅覚が真の敵を発見できなかったこと。
同胞の死、そしてワイルドドッグの「あの事件」……。
彼もまだまだ若かったということね……。

グランドボスになってから、約２年。
彼の胸中は如何ばかりだったことでしょうね。
加速度的に変化していくプリマヴェーラ。彼は最古参の幹部として、その舵取りに奔走したけれども……。
ローズ不在のプリマヴェーラで唯一の防波堤でいてくれたのが彼だった。
あの若い男がリチャードに影のように付きまとうようになるまではね。

バタリアンのリーダーで、サイラス・斎村の一番の部下よ。
敵対していた時期もあったけれど、それは過去の話。
戦地帰りで、腕は超一流。あのレオ・獅子神も彼には苦戦したって言ってたっけ。
プリマヴェーラの武闘派幹部として、マダムローズを支えていたわ。

リッチバンブーのリーダーで、頭のキレる頭脳派マフィアだったそうよ。
暴力的に物事を片付けるより、冷静に相手を見極め静かに葬り去ることを得意としていたみたい。
義理人情に厚く、裏切り行為には人一倍厳しかったそうよ…。
くす、若い時に相当苦労してきたみたいね。……彼には女難の相が見えるわ。

こういう自己紹介は少し気恥ずかしいわ。私の若いころの写真ね、これでなかなかイイ女でしょう？
1950年当時は、山田の社長のところでパン屋の売り子をしていたわ。
私は戦争と大災害で主人も子供たちも亡くしたけれど、たくましくつつましやかに暮らしていた……。
生活は苦しかったけれど、それなりに楽しかったわ。
もちろんこの頃の私はのちにプリマヴェーラを率いることになるなんて夢にも思わなかったけれどね……。

1947年の世界では仲間を守る為、ときに冷酷を装える賢い男だったのはもちろん覚えているわよね。
仲間を守ると言う意味においては、彼はその道を間違えたことはないのでしょう。
でも、家族を失った悲しみはやはり彼の心を確実に蝕んでいたの。
無理もないわ、その胸中は察するに余りある……。
敵とは、刃を向けることができて初めて敵たり得るの。
そういう意味では、彼の敵はあまりにも明明白白だったわ……。

その喋り方は今でもはっきりと思い出せるわ…。
どうして悪党ってみんな特徴的な喋り方をするのかしらねぇ。
私達が店を構える「あけぼの商店街」で、連日のように部下を引き連れ色々と嫌がらせをしてくれたわ。
独特の口癖がとにかく癇に障る男でね、一度でいいから、アルフレッドとキャラが被ってんのよ！って言いながらぶん殴ってやりたかったわ。

＜第二次世界大戦＞
東にアメリカ合衆国。西に中華社会主義共和国連邦。よくも日本は東西の大国に同時に喧嘩を売ったものよね。
勇ましく中国大陸に太平洋と戦線を広げたけれど。１９４４年４月１日のあの大災害で日本は全土で壊滅状態。日本は連合軍の人道的停戦協定を受け入れたってことになってるわね。
まぁ、そんなことを言ってたのは軍人たちだけ。私たちは、どう言い繕ったって、それは降伏ってことなんでしょってわかっていたけれどね。
大災害さえ起こらなければ負けはしなかったなんて言ってる男どもがいるけれど、とんでもない。
あのまま戦争が続いていたら、米中連合にドカドカと新型爆弾を落とされて、きっと日本列島は跡形もなくなっていたでしょうよ。
まぁ、その後の米中によるイカれた復興で、結局は跡形もなくなってしまうわけだけど。

＜戦後復興＞
言うに及ばず、米中は共に日本が欲しかったのよ。
地球の裏側にまで覇権を伸ばしたい米国にとってはアジア進出の橋頭堡。そして中国にとっては太平洋進出のための玄関口。
日本という共通の敵を失った米中は、今度は日本を巡って対立するようになったのよ。
さりとて、日本を舞台に米中両国が武力衝突することは避けたかった。
そこで彼らが選んだ新しい「戦い」が戦後復興を競い合う、復興合戦だったのよ。
両国は互いの国威を賭けて、虚飾に満ちた華々しい復興ラッシュに沸きかえったわ。
すごい時代だったわよ。あれよあれよと言う間に、焼け野原にビルの林が立つのよ。
日本の戦後復興をリードすることで、実質的に日本を支配する。それが当時の米中の戦後復興の思惑だった。
言うまでもなく、そこには当の日本人の意思はないわね。
大災害から３年も経つ頃には、米国と中国が入り混じった異形の国が出来上がっていたわけ。

＜東京都の分割統治＞
当時の東京は市ごとに駐留米軍と駐留中国軍に、ばらばらに管理されていたの。
東西に綺麗に２つにでもわければいいものを、将来の東西陣営の新たな火種にしない云々だかの理由で、まるでチェス模様のように細々と管轄する陣営が入り混じることになったわけ。
だから、多くの市は米中の両陣営管轄地が接することになった。
その結果、米中は互いの国威を賭けて虚飾の限りを尽くした復興合戦に明け暮れることになるわけね。
ホタルの歌じゃないけれど、互いに「こっちの水はあ～まいぞ」って感じ。
中国軍管轄地ではタダで食事が出来るらしいとか、米軍管轄地では補助金がバラまかれているらしいとか。互いが飽きるまでのしばらくの間、醜いサービス合戦が繰り広げられたわね。
結果。日本人たちは、両陣営の狭間で誇りも仕事もなく、だらだらと自堕落に生きることを覚えてしまった。
悲しいわね。それが、亡国の民というものだったのよ。

＜チャイナタウン＞
米中は共に移民を送り込んで、日本を事実上の領土にしようとしたわ。
米国人の入植はあまりうまく行かなかったみたい。無理もないわ。文化も風土も違って、しかも地球の裏側よ？　わずかな補助金程度で、興味半分に行けるような土地じゃない。
その一方、中国人の入植はまさに蟻の大群。中国軍管轄地には次々にチャイナタウンが生まれ、同胞社会を形成。日本人たちを締め出していったわ。
彼らにその気はなかったかもしれないけれど、中国語を話せない人間にとって、チャイナタウンの進出は侵略そのもの。日本人たちは次々に押し出されて行ったわ。
当初は、人種的な恐れもあって嫌われていた米軍管轄地には、そういった人々が流れ着いてコロニーを作るようになったの。
米軍管轄の２３番市も、そんな中で日本人たちが集まり小さな社会を築くようになったわけ。

＜夜の女たち＞
綺麗事じゃない時代よ。大災害と戦争で家も家族も失った女たちが、たくましく生きていこうとしたら、このような職業を選択しても何の不思議もなかったわ。
進駐軍の将兵や復興の為に掻き集められた外国人労働者たちは、カネを持っていて娯楽に飢えていたからね。彼らは最高のお客様だったわけ。
当然、同胞のやっかみもあったわね。日本人の女が、外国人に媚びて荒稼ぎしてるわけだから。
カネを貯め込めば、厄介事も増える。さりとて、汚い商売だと思われて頼れる同胞もいない。
だから女たちは自分たちの身は自分たちで守るしかなかった。その為に共同体を作ったの。
それが通称、プリマヴェーラと呼ばれる共同体。これは、当時、一番大きかったお店の名前が「クラブ・プリマヴェーラ」だったからよ。

＜クラブ・プリマヴェーラ＞
酒と女と蜜のように甘く儚い一夜の夢。あそこには快楽の全てがあったわ。
もちろんサービス業だもの。対価と引き換えにだけれどね。
カネさえ払えば、日本人、米国人、中国人、誰だってお客様としてお迎えしたわ。
そして集めたカネを、貸金業に使って利殖し、駐留米軍への鼻薬や何やらに使ったというわけ。
外国人に媚びて荒稼ぎして、日本人に暴利でカネを貸し付けた、何て酷いことを言ってる連中がいるけれど、それは大いに誤解よ。ここ、太字にしてちょうだいね。
ローズは日本人たちの自立を応援するために、担保も取らずにほとんど無利子でカネを貸していたのよ。それを元手にお店を持てた日本人がどれほどいたことか。
今、酷いことを吹聴している連中は、ローズを騙してカネを借り逃げしようとした連中の話を真に受けたクソッタレどもよ。

＜復員軍人たち＞
戦地から戻ってきた男たちは、変わり果てた日本に絶望した。無理もない話ね。
戦場で命懸けで戦わされたのに、それに対する補償はなく、変わり果てた故国で失業者として路頭に迷うだけ。帰る家はおろか、見知った街並みさえない。
そんな行き場をなくした彼らにとって、心の拠り所は戦友だけ。
次第に彼らは群れて暴力集団を作るようになったわ。
復興利権にアメリカマフィアや中国マフィアが群がってる時代でもあった。彼らも日本マフィアを結成して、うまい汁にありつきたかったんでしょうね。
だから、あの時代の日本マフィアはほとんど全てが戦場帰り。銃も弾もいくらでも闇市に溢れてる。
どれだけ物騒な時代だったか、若い人にはちょっと想像がつかないでしょう。